タマシャモ物語

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 タマシャモ物語第1章 大体実話 作家しゃもおやじ

 タマシャモのヒナは卵から約21日経ってヒヨコになる。生まれたては人間の赤ちゃん同様、手をかけ、愛情をかけて育てなければならない。なぜならば 我々の血となり肉となるのだから

 その日親父は雨の中、車を運転していた。夏の蒸し暑い日が続いたので、恵みの雨であろうがうっとうしい。都幾川の橋に差し掛かった時、ラジオの放送にふと聞き入った。産業廃棄物のプラントの展示会が東京なんチャラで開催されているとのこと、その展示会で意外なものが出品されたと、それはなんと 鶏だ!というのであっる。なぜかって?それは鶏は、家庭の生ごみを大半食べてしまう!多少いかれていても平気である。その上、卵を産む。へえー である。

 滑川町のとある養鶏場でボロボロの鶏100羽を分けてもらう、卵を産む鶏は約一年で卵を産む産卵率が低くなる。経済的に見合わないので肉または廃棄処分になる。この時期おおよそ3か月を過ぎれば、またもとのように産むのであるが、より経済的に考えると、こうなるのである。まるで、江戸時代の佐渡の金山の工夫と同じで、働かせるだけ、死に物狂いで働かせ、あまり働けなくなったら、用済みとでもいうようなものである。人間でいえばおおよそ30代後半ぐらいのものであろうか、ストレスで隣の鶏からからだをつつかれ、羽はボロボロおまけに臭い。

 「いつかわクラウン」私たちの若いころからの憧れ。中華料理店の経営もそこそこで、ちらほら、仲間内でクラウンクラスを乗り始めた人が出だした。さて俺も!そろそろ買うか!と思っている矢先、いや待てよクラウンよりもっといい車、乗る為にはどうしたらいい。人間の欲望はきりがないものである。車はどんどん買ったときから価値が下がる。やがてゼロ!いや!例えば200万で買ったとしたらおおよそ、その時から価値が下がり続ける。私にとって自己満足でしかないか!200万円が増えていかないかいな?自分に投資してみるか!ってなもので始めたのが400坪を柵で囲いおばさん鶏100羽を放してみた。狭くて、臭くて、薄暗い鶏舎から、まるで別の世界へ

 数十年前 某吉日

 ここは、埼玉県西部、畑の中に柵で囲われた草原がある。昨日100羽のボロボロの鶏を放した、朝もやの中に鶏それにしても汚い鶏である。鶏冠は垂れ下がり羽はところどころがはげ、まさに鳥肌が見える。

 某日 2か月後

 あれから100羽の鶏のうち5羽が死亡、原因は環境に適応できなかったのが原因と思われる。残った鶏は活力が出てきたのがありありと分る。草をついばみ、泥浴びをして思い思いにリラックスしている。だいぶ体もきれいになってきている。

3か月後

 朝もやの中羽を広げて まるで子供が飛行機の真似をして走ってくるように、一斉に鶏が走ってくる。なんとも滑稽である。

 卵を産んだ。割ってみた。何だこりゃ! 黄身が立ってる

 

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